Ⅰ.顧客やステークホルダーへの「提案」
前回取り上げた「提案」の組み立て方は、上司、同僚、チーム内、プロジェクトメンバー間、社内等の場合、つまり目標や価値観が共有できている状態を想定したうえでのものでした。
しかし「提案」機会はそのような場合だけではありません。つまり顧客、ステークホルダー、他社・他部署等、目標や価値観の共有が不十分な状態の場合でも「提案」を必要とする場面はたくさんあります。むしろビジネスにおいて重要な「提案」はそのようなケースの方が多いかもしれません。前回にも触れましたが「提案」は相手が今抱えている問題や課題をいかに解決すべきか、という観点で行われるものですから、顧客やステークホルダーの問題や課題の解決に繋がれば、それは大きなビジネスチャンスへと繋がっていきます。
ではどのようにして組み立てていくのか、今回は、目標や価値観の共有が不十分な状態の場合について考えて参ります。
Ⅱ.「現状」とその評価
目標や価値観の共有が不十分な場合、それらが十分に共有されるのが理想ですが、それには膨大な時間と労力が必要となります。またそれが可能となるまで「提案」が出来なければ、機を逸してしまうこともあります。
では目標や価値観の共有が不十分な相手に「提案」をするためにはどのような準備が必要なのか。それは「提案」を受ける側の「現状」とそれに対してどのような評価をしているかを知ることです。しかし「現状」全てを知る必要はありません。これから「提案」しようと思っている内容に即したもの、またその周辺に関するものだけでも十分です。例えばMRであれば、自身が担当している医師の薬物療法に対する考え方や関連疾患に対する治療方針、また患者数やその内訳等、CRAであれば同様に担当する医師の治験薬に対する考えやポジショニング、対象患者数、プロトコールの理解度等、それらを知ることと同時に、それに対して医師自身がどのように思っているのかを知ることが大事になってきます。 言い換えれば「現状」とそれに対する評価を知ることは、「提案」を組み立てるために必要な情報収集であるということです。
Ⅲ.「満足」と「問題」
「提案」をするということは、「こうすれば今よりもっと良くなりますよ」を伝えることに言い換えられます。これを伝えるためには「今」を知らなければなりません。この「今」は相手の立場、状況等によって様々です。こちら側がそれを勝手に決めつけて「提案」を組み立てても、それは成功率の低いものになってしまうでしょう。
そのためには現状についての情報を収集することは大事になってきます。また相手はその現状に対して、どのような問題意識を持っているのか、またどのような点に満足しているのかということも大変重要です。問題点が分かればそれの解決に繋がる「提案」は非常にパワフルになります。反対に満足している点が分かれば、現状の変更にどのような不安がもたらされるかを知ることになります。問題は解決したいが良い点は残したい。これはごく自然な考え方です。
前回の「伝えたいことを正確に伝えるには 5 ~相手の承諾を得るための『提案』 1/3 」でお話させて頂いたように、「提案」を組み立てる上で必要となってくるのは、その「提案」に対して、どのような「期待」と「不安」を与えるのだろうかという点が重要であるとしました。そして「承諾」される「提案」は「期待」が大きく「不安」が小さいもので、「却下」される「提案」は「期待」が小さかったり「不安」が大きかったりあるいはその両方であるというお話をさせて頂きました。それに付け加え目標や価値観の共有が不十分な相手への「提案」の場合は、「提案」前、つまり現状の「満足」と「問題」を知ることが重要となり、この現状に対する「満足」「問題」と、提案後の「期待」「不安」の4つの感情を理解しながら「提案」を組み立てていく事がキーになってきます。
Ⅳ.質問による情報収集
では実際にどのようにして「現状」とその評価を知る情報収集を行っていくのかを一緒に考えて参りましょう。ここでは製薬会社のMRと医師の会話という設定で、実際の会話例を用いて進めていきます。今回の会話の目的は、血圧降下剤について医師の「現状」とその評価についての情報を収集し、今後の「提案」の方向性を定めるためのものとなります。
【設定】 ・MR・・・○○製薬の××MR。昨年この病院に自社製品の血圧降下剤Aが採用となり、その後順調な売り上げが続いている。最近Aの作用動態を変えた同じく自社製品のA2が発売になった。 ・医師・・・循環器内科の医師。Aの処方数はこの病院で一番多く、循環器系の患者数も多く診ている。 |
MR:先生、○○製薬の××です。本日はお忙しい処お時間を頂きましてありがとうございます。
医師:あ、××さん、こんにちは。今日は何の話だっけ。
MR:はい、2か月後に行われます循環器フォーラムの詳しい内容が分かりましたのでそのご案内と、先生のご処方頂いております当社のAにつきましてのご専門のお立場からの感触等をお伺い出来ましたらと思い参りました。
医師:そうでしたね。ではお願いします。
MR:はい、ではまず循環器フォーラムについてですが・・・。(循環器フォーラムについての詳しい説明)
医師:なるほど・・・。面白そうですね。まだ詳しく予定を確認してみないと分からないけど、出来れば出席してみたいと思っていますよ。
MR:ありがとうございます。また次回お伺いさせて頂く際に分かりましたらお話しいただければと思います。
あともう1点なのですが、先生にご処方頂いておりますAについてですが、ご採用いただきましてから1年が経過いたしました。その間先生にはたくさんご処方頂き本当にありがとうございます。お陰様で現在は色々な先生にご処方頂けるようになりました。その際よくお伺いするのは、「専門の先生はAについてどのような位置付けでどのように処方されているのかを知りたい」というお声を頂きます。もし宜しければご専門のお立場から当社のAにつきましての先生の感触や使い方についてご教授頂きたいのですが、如何でしょうか?
医師:あ、いいですよ。そうですね、僕は使いやすい薬剤だと思っています。効果もわかりやすいですし、でもそれほど下げすぎるという感触もないですね。患者さんの状態にもよりますが、僕は比較的最初にAから使うことが多いように思いますよ。
MR:ご評価いただきありがとうございます。患者さんの状態とおっしゃいましたが、どのような状態を考慮されることが多いのですか?
医師:そうですね、他の疾患の有無や状態。例えば腎臓や肝臓の代謝機能は気にしますね。Aの場合は特に腎臓かな。その他慢性疾患や急な感染症等も対処する必要があると思っています。それからもちろん併用薬。当院にかかる前から別の降圧剤や降圧作用のある薬、その他にも服薬中の様々な薬剤を詳しくチェックして問題ないと思えば使ってみますよ。あとご高齢の患者さんにも注意しますね。Aはあまり下げすぎという印象は無いのですが、効果が良い分ご高齢の方には注意を要しますね。他にもいろいろありますが、まあそういった基本的なところですよ。それらに注意して問題ないと思ったら、Aを使用することが多いですし、効果も概ね期待通りになっているような気がしますね。
MR:大変参考になります、ありがとうございます。基本的とおっしゃいましたが、やはりこれらの点に注意しながらご処方を決めるということは、その薬剤を有効かつ安全に使用していただく上で重要な事なのだなと改めて教えて頂けました。お話の中で概ね期待通りとご評価いただきましたが、反対に期待通りにならなかった場合についても教えて頂きたいのですが、それらの患者さんに何か傾向のようなものはあるとお考えですか?
医師:うーん・・・、どうだろう。薬剤に対する感受性は人それぞれだから、傾向と言われてもね・・・。まあ、それから服薬コンプライアンスを遵守できない人はある程度いて、その人たちはやっぱり期待通りとはいかないですね。これは薬のせいではないですけどね。
MR:そうなのですね。服薬コンプライアンスですか。それはAが1日2回服用となっているところも問題なのでしょうか?
医師:どうでしょうかね。でも僕はAの1日2回服用というところも好きなところなのですよ。というのも、Aは効き目がはっきりしているので、ここで効かせたい、ここはあまり効かせたくないという時間帯の調節をすることが出来ると思っています。朝晩のミリ数を変えてみたり、どちらか一方だけの服薬にする等工夫することが出来るので、患者さんの血圧の変動に合わせて調節できるという点はAの使いやすさの一つだと思っています。
MR:そうなのですね、勉強になります。そのように工夫なされていてもやはり一定数服薬コンプライアンスが守れない方がいらっしゃるのですね。遵守が難しい患者さんはどのような方が多いのですかね。例えば年齢層や生活面では?
医師:そうですね。意外と高齢者は守れている方が多いように感じます。また生活面でも高齢者の方は毎日の変化が少ない分、血圧変動の傾向がつかみやすくそれに合わせて処方することも可能となる場合が多いように思います。かえって現役世代の方が守れないということがあるかもしれませんね。特に生活が不規則になるお仕事をなさっている方は難しいですね。日によって血圧の変動パターンも変わってきますし服薬できるタイミングも変わってきますからね。
MR:先生、本日はたくさんの貴重な情報を頂きましてありがとうございます。お陰様で他の先生方への情報提供に参考とさせていただく点がたくさんございました。本日はそろそろお時間でございますのでこれで失礼させて頂きます。また次回のお約束につきましては、改めてメールにてご連絡させて頂きますので、宜しくお願い致します。それでは失礼いたします。
Ⅴ. まとめ
如何でしたでしょうか。MRの話に注目頂くと以下のことにお気づき頂けると思います。MRは循環器フォーラムの説明以降は、最後の挨拶以外すべて質問で終わっています。しかし会話としては、質問の連続による尋問のように不自然な形になってはおりません。これは、質問の前にそれまでの医師の言葉や会話の流れを承認してから質問へと繋げることを意識していたからです。顧客やステークホルダーに質問をしなければならない時には、この点を注意しながら進めていく事がポイントになります。
今回の会話によって医師の「現状」とそれに対する評価、引いては現状に対する「満足」と「問題」をある程度聞き出すことが出来ました。次回のコラムはそれらを整理し、そこから新たな「提案」の組み立てを行って参りましょう。
※筆者は当サイトにおきまして、コーチとしてのキャリア相談、及びセミナーを開催いたしております。コーチとしてはコミュニケーション全般の他、製薬業界におけるセリングスキル、リーダーシップ、チームビルディング等、製薬業界での経験を活かせた内容のものも行っております。セミナーはコミュニケーションに関する内容となっておりますので、詳しくは、それぞれキャリアサポートのページからご検索ください。
■執筆者 大野裕之
大学卒業後、製薬会社に入社。当初医薬情報担当者として勤務し、主に大学病院、地域基幹病院等を担当、その後営業マネジャー職を経て本社営業推進に移動。社内コーチングシステム立ち上げプロジェクトに加わりコーチングと出会う。プロジェクト完了後、初代社内コーチの一員として活動を始める。その際営業スキル研修等の研修コンテンツの作成に携わり、後に全国の支店で研修を実施し、その普及に努める。退職後コーチングの資格を取りプロコーチとして独立。現在はフリーランスでリーダーシップコーチ、エグゼクティブコーチ、研修講師、セミナー講師として活動。
※資格等
・(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ
・ACTP修了(株式会社コーチエィ認定)
・T3プロフェッショナルインストラクター修了(ウィルソン・ラーニングワールドワイド株式会社認定)
・プロジェクトプラニング修了((株)PMコンセプツ認定)