医師の、企業等へのキャリアチェンジが増えている
医師に限らないことですが、まず日本の社会が個人のキャリア選択に対し、本人の意思を尊重する風土になってきました。同時に、大企業や有名企業に勤めることを良しとするような固定的な価値観も多少は緩んできています。あくまで以前に比べれば、ですが。
そして、医師の世界で言えば、(良し悪しはありますが)医局の縛りが制度的にも心理的にも以前ほど強くなくなり、本人の意思を表明しやすい環境になっています。
一方、企業側での医師の採用ニーズも広がっています。以前は製薬会社や生命保険会社、そして産業医が中心でしたが、最近ではコンサルティング会社、ヘルステックベンチャーなどでの医師採用の局面が広がってきています。
このように医師側、および企業側の環境・風土の変化が、企業などに転職する医師が増えている要因・背景となっています。
本コラムでは、医師の採用を行っている業種/職種の概要と、医師が企業等への転職を考える際の主要なポイントを説明します。
なお、個々の職種の詳細などは、今後連載のなかで個別にご案内していく予定です。
医師が臨床以外の仕事を考える理由
医師が、臨床以外での仕事を考えるきっかけは、今の臨床医の働き方では長く続けられそうにないというものがほとんどです。
「夜勤に加え長時間労働を考えると、このまま長く臨床医を続けていくことは難しいと考え、企業等違う働き方を考えるようになった。そこから転職エージェントの話を聞いてみようと思った」
とおっしゃる方が多くいらっしゃいます。
特に女性の医師は、出産・育児を考えると中長長期的なキャリアの選択は切実な問題となりがちです。
ただ、お話を重ねていくと、一医療機関に勤務する臨床医ではできない医療への貢献をしたいというご意向を根底に持っている方が多いことも、また事実です。
●医療従事者の働き方も含め、日本の医療には構造的な問題があり、そういった問題を解消するような取り組みをしてみたい
●目の前の患者さんの力になれることにやりがいを感じてはいる。ただ、助けられる数に限界があり、もっと沢山の患者さんを助けられるような仕事をしたい
医師が臨床以外で、医療に貢献することを考える理由の多くは、この2つに集約されるように思います。
企業で働くことのメリット
働き方、ワークライフバランスの観点で言えば、
・夜勤がない
・土日祝休み、かつ確実に休める
・休みを取りやすい
・在宅、フレックスタイム制など、働く場所や時間の融通がきく
など、劇的に改善します。
*こういった就業条件は会社によって違いがあります
また、医療への貢献という観点で言えば、コンサルティング会社で、医療機関の経営改善のみならず、地域医療の在り方を構想するようなテーマを扱うことで、医療の構造的な問題の解決に取り組むことができます。
また、製薬会社での新薬開発や、ヘルステック企業でのヘルスケアアプリ開発などは、製品化されれば多くの患者さんに届けることが可能なため、「もっと沢山の患者さんを助けられるような仕事をしたい」という思いを叶えることができます。
臨床経験だけの医師をよく募集している業種・職種
以下の業種の企業等でよく募集が出ています。
1.製薬会社
2.コンサルティング会社
3.ヘルステック(医療/ヘルスケア×IT)ベンチャー
4.生命保険会社
5.行政関連:厚生労働省/PMDA/AMED
以下、これらの業種でどんな職種での募集があるかを簡単に説明していきます。
1.製薬会社
【募集職種の内容】
一般的には、
(1)臨床開発部門
(2)メディカルアフェアーズ部門
(3)安全性情報部門
での募集があります。
以下、各部門での採用ニーズをご紹介します。
なお、呼称ですが、それぞれ、「臨床開発医師」「メディカルアフェアーズ医師」「安全性医師」などと呼ばれます。なお、製薬会社に勤める医師を「メディカルドクター」「メディカルアドバイザー」「メディカルディレクター」などと呼ぶことも多いですが、この場合、求人内容をよく見て、上記3つのどれにあたるかを確認すると良いでしょう。
(1)臨床開発部門での臨床開発医師
新薬開発における治験(臨床試験)を計画・実施する部門になります。
臨床医経験者に求められることは、計画段階では、開発戦略や治験実施計画書の立案の際、例えば、どのようなプロファイルの医薬品にすべきかを、臨床現場の実態を踏まえて提言するといったこととなります。
治験の実施段階では、治験実施医療機関から収集した症例データにおいて、例えば副作用らしき症状が確認されるが、治験薬を原因としたものかの判断が難しいといった際に、意見を求められるといったこととなります。
またこれらの業務を行う過程で、臨床医のところに赴き、議論していただくといったこともあります。
(2)メディカルアフェアーズ部門での職種
上市後の製品(医療用医薬品)において、治験データでは足りないエビデンスを構築し、そのポテンシャルをより引き出す活動を行う部門です。
臨床医経験者に求められることは、担当する製品の対象疾患におけるアンメットメディカルニーズの同定や、自社製品によるアンメットメディカルニーズの解消を立証するための臨床研究の計画・実施において、臨床現場の視点から様々なインプットを行うなどが期待されます。
またこれらの業務を行う過程で、臨床医、特に学会で影響力のある医師(KOL:Key Opinion Leader)のところに赴き、議論していただくといったこともあります。
(3)安全性情報部門での職種
医薬品の副作用*情報を収集し、対策を講じる部門です。
*厳密には、「有害事象」情報となるのですが、本コラムはわかりやすくするため「副作用」で統一します
臨床医経験者に求められることは、自社医薬品でおこった副作用、特に自社製品との因果関係の推定が難しい副作用の評価、そして収集された副作用から、副作用を防ぐための対策の検討などを担うこととなります。副作用は、医薬品そのものの問題だけではなく、患者さんの背景(体質、合併症)、併用薬、生活環境など、様々な事項/思いもしないような事項が影響するため、多数の患者さんを診てきた臨床医の経験・知見が求められることとなります。
2.コンサルティング会社
ボストン・コンサルティング・グループやPwCコンサルティングなど有名なコンサルティング会社の多くは、ライフサイエンス/ヘルスケア専門のチームを持っており、各社、それらのチームで臨床医経験者の採用を行っております。
また、医療機関向け専門のコンサルティング会社もあり、臨床医経験者の採用を行っている会社がいくつかあります。
病院の経営改善などのテーマは当然臨床医の経験が活きるわけですが、他にも、製薬会社が売上を増やすための、マーケティング/セールスの在り方の見直しといったテーマも、臨床医の経験が活きます。この場合、当然、処方決定権を持っている臨床医の本音レベルでのニーズを理解・把握することが必要なので、臨床医経験者の経験・知見がまさに生きるわけです。さらに言えば、臨床現場の医師へのインタビュー調査などでも、臨床医経験者がインタビュアーであれば本音を引き出しやすいわけです。
3.ヘルステック(医療/ヘルスケア×IT)ベンチャー
「ヘルステック」と一括りにしてしまいましたが、主にテクノロジー(主にIT)を使ってヘルスケア関連の課題解決を行っているという共通項があるだけで、会社によって提供するプロダクトやソリューションは様々です。
例えば、以下の様なジャンルのヘルステックベンチャーがあります。
・情報提供・共有型 ・・・例:疾患関連(治療方法、専門医、治験等)情報の提供
・アプリ提供型 ・・・例:疾患管理アプリの提供
・システム提供 ・・・例:オンライン診療や医療機関の予約・決済システムの提供
・医療データサービス型 ・・・例:集積したDPCデータおよびその分析サービスの提供
なお、実際には、これらを複数組み合わせたビジネスモデルになっている場合がほとんどです。例えば、オンライン診療の仕組みは医療機関から見ればシステムですが、患者さんにはオンライン診療アプリとして提供されます。さらに、そのアプリ上では、医療機関や医師情報、さらに疾患や薬などの関連情報などまで提供されるといったモデルです。
さて、これらヘルステック企業で臨床医に求められることは、例えばアプリ開発の際、医療従事者の視点、患者さんの視点などを提供することとなります。プロダクト/サービスの企画担当者やエンジニアのアウトプットに対し、臨床実態にあったものにするために、どんな機能やコンテンツを準備すべきか、特に医療においてやってはいけないこと、間違ったことが含まれていないかのチェックなどが求められます。もちろん、そもそもの企画段階から関わることも可能です。
4.生命保険会社
「社医」または「査定医」と言われる職があります。
その業務内容は、
・生命保険に申込んだお客様の健康状態のチェック(保険加入の際のリスクの評価)
・公平かつ適正な保険金・給付金の支払いチェック
などを担っていただきます。
5.行政関連:厚生労働省/PMDA/AMED/地方自治体
(1)厚生労働省
いわゆる医系技官の職があり、定期的に民間からの応募を受け付けています。
厚生労働省のwebsiteでは、
「医系技官とは、医師免許・歯科医師免許を持ち、専門知識を活かしてより多くの人々の健康を守るための仕組みを築く技術系行政官です。」
と定義されています。
同様に取り組む課題に関し、以下の記載となっています。
「地域医療構想の推進、オンライン診療の推進、医師の働き方改革、医療従事者の養成・確保、医師偏在対策、医療安全、医療の国際展開、地域包括ケアシステムの構築など、様々な課題に取り組んでいます。」
(2)PMDA
正式には、「独立行政法人 医薬品医療機器総合機構」と言います。PMDAのwebsiteによれば
「医薬品の副作用や生物由来製品を介した感染等による健康被害に対して、迅速な救済を図り(健康被害救済)、医薬品や医療機器などの品質、有効性および安全性について、治験前から承認までを一貫した体制で指導・審査し(承認審査)、市販後における安全性に関する情報の収集、分析、提供を行う(安全対策)ことを通じて、国民保健の向上に貢献すること」
を目的とした組織となります。
なお、厚生労働省との関係で言うと、「厚生労働省が医療機器等行政にかかる権限を行使する上での、重要な根拠を提供する役割を担う。」とされています。
医薬品や医療機器及び再生医療等製品(以下、「医薬品等」とします)の、
・承認審査
・副作用情報の分析、評価
などにおける、臨床医学の専門的知識や経験を必要とする業務を担っていただきます。
(3)AMED
正式には、「国立研究開発法人日本医療研究開発機構」と言います。AMED(エーメド)のwebsiteによれば、
「基礎から実用化までの一貫した医療研究開発の推進と、その成果の円滑な実用化を図るとともに、研究開発環境の整備を総合的かつ効果的に行うための様々な取組を行う」
ことを目的とした組織です。研究者/研究機関に研究費を提供するだけでなく、例えば研究者/研究機関に資金が供給される環境・仕組みづくり等まで行っています。
医師に限ったポジションがあるわけではないですが、「医歯薬理工系大学卒業以上の学歴のある方、又は同等の資格を有する方」といった表記で、臨床医経験がある方も募集対象となっています。
研究資金提供に関し、公募をかける研究テーマの検討や、応募に対する評価、採択後の進捗支援・管理などを行います。
また、研究者/研究機関に資金が供給される環境・仕組みづくりであれば、そもそもの資金が流通しない要因の調査・分析を行い、その要因を解消するような仕組みを考え、実際にその仕組みを構築・運用するところまで関わります。
(4)地方自治体
各自治体で、公衆衛生医師(保健所等医師)の募集があります。以下、厚生労働省のwebsiteに掲載された公衆衛生医師についての説明です。
「公衆衛生医師の仕事は、地域の住民全体の医療や健康レベルの維持向上のための仕組み・ルール・システムづくりなどを通じて、大きな達成感ややりがいを感じることができます。
携わる業務は、感染症、生活習慣病やがんの予防、母子保健、精神保健、難病、食品や環境などの生活衛生、医療・薬事といった事業や、地域包括ケア、健康危機管理など、多岐にわたり地域の人々の保健を支えています。」
勤務先は、保健所や自治体の本庁(県庁や市役所など)となります。
いかがでしょうか。思った以上にキャリアの可能性の広がりを感じていただけたのではないでしょうか。
以下、その他の職種情報です。
法的に労働者数50人以上の職場では産業医を選任しなければいけないため、企業における産業医の募集は業種に関係なく行われています。
また、「製薬会社で医師の募集があるのであれば、医療機器メーカーでも医師の募集があるのでは?」と、外科医の方々からはよくご質問を受けます。医師を雇用している医療機器メーカーはあるのですが、募集は滅多にないというのが現状です。
企業は医師の何を求めているのか
職種によって違いがあり、一概には言えないのですが、大枠は以下の通りです。
まず、製薬会社は、何といっても疾患領域についての専門性となります。大抵の場合、疾患領域ごとに採用枠が設定されるので、腫瘍に関する専門医であれば、抗がん剤部門での臨床開発医師なりメディカルアフェアーズ医師として採用される場合がほとんどです。
PMDAの医薬品等の承認審査を担うポジションも、製薬会社に近い考えになります。
一方、コンサルティング会社/ヘルステックベンチャー/厚生労働省/AMEDは、診療行為という医療サービスの提供中心人物として、医療(やヘルスケア)にまつわる制度・仕組み・慣習などの構造を実感・把握してきた知識や経験と、それらに対する問題意識を期待されます。なぜなら、これらの業種は、大げさに言えば、医療やヘルスケアの在り方を構造的に変えてしまおうというビジネスを行っているためです。
そういう意味では、知識・経験だけでなく、大きな変革を構想する、変革を推進していくなかで様々なステークホルダーをどう説得していくかの戦略を考えるといった思考力(≒地頭の良さ)も期待されます。死に直結する(かもしれない)場面で、できる限りの情報から短時間で治療方針を判断をしていくというシビアな思考訓練を繰り返してきている医師には、そういった思考力の高さ(スピードと質)も期待されています。
副業(臨床のアルバイト)は許されるか
企業への転職のご相談で最もよくご質問を受けるのが、
「副業での臨床のアルバイトは可能か?」
というものです。
結論としては、会社によるということになります。業種・職種での傾向があるわけではなく、個々の会社の就業規則で副業を認めているかどうかの問題であるということです。
ただ、感覚的には、医師を採用する会社の半分以上の企業は、何らかの形で臨床医のアルバイトを認めてくださっています。
就業規則上、副業は禁止でも、例えば週4日の契約社員として、副業をできるようにするなど、医師を迎え入れるために、相談に応じてくださる企業もあります。
特に、専門医資格の維持のためにも、「週1日、土日でもよいので」という思いを持たれる方は多いかと思います。エージェント経由であれば、そういった相談もしやすくなるので、都度エージェントに相談すると良いかと思います。
収入(年収)について
これも会社ごとに違ってきます。また、求職者の経歴や専門性にもよるので、一概には言えませんが、以下にフルタイム(週5日)勤務での大体の目安を記載します。
なお、求職者の経歴や専門性ですが、臨床医としての経験年数、専門医資格、Ph.DやMBAなどの学位の有無、英語力/留学経験など、応募ポジションに資するものは特に注目されることとなります。
1.製薬会社
1000万から1800万程度
2.コンサルティング会社
800万~1200万程度
3.ヘルステック(医療/ヘルスケア×IT)ベンチャー
800万~1200万程度
4.生命保険会社
1000万~1500万程度
5.行政関連:厚生労働省/PMDA/AMED
500万~1200万程度
市中病院や、クリニック勤務の方からすると、年収が下がってしまうという方も少なくないと思います。ただ、夜勤なし、土日祝日休み、在宅勤務/フレックスタイム制度ありなど、劇的にワークライフバランスが改善することが多く、そこをどこまでメリットと捉えるかかと思います。
何より、そもそも論として未経験の職種に就くのですから、臨床医としての収入と比較すること自体、ナンセンスではあります。
医師免許を取ったが新卒で即コンサルティング会社に入社し、33歳で年収2000万という人がいたとします(実際、有名コンサルティング会社であればありうる話です)。その人が、
「一度は臨床医をやりたい、ただ年収は現年収維持の2000万を希望」
と言ってきたら、ナンセンスですよね。
ですので、収入面を考えると、企業への転職というチャレンジを、ワークライフバランスといった観点ではなく、仕事の内容や医療への貢献度といったご自身にとってのやりがいに合致するかどうかでまず考えるべきだと思います。仕事にやりがいや面白みがないと、いくらワークライフバランスが良くても、長くは続かないためです。
そのうえで、臨床のアルバイトと組み合わせて、どう年収のダウン幅を押さえるかという発想は必要だと思います。
まとめ、企業等への転職活動の際の注意点
今回は、医師の採用を行っている業種/職種の概要と、医師が企業等への転職を考える際、皆さんが特に気にされるポイント(企業への転職のメリット、臨床のアルバイトをできるか、収入)をご案内しました。
概要レベルなので、今後、連載で、個々の職種や、企業転職のデメリット、企業にあわない方などもご紹介していきたいと思います。
ところで、過去、ある医師の方と転職相談でお会いしたい際、下記の様な相談(?)を受けました。
「実は、某製薬会社のメディカルアフェアーズ医師で内定をもらい、もう内定承諾もしているのだけれど、実はメディカルアフェアーズ医師が具体的に日々何をするのかを、今だによくわかっていないのです」
よくよく聞くと、担当の転職エージェントはメディカルアフェアーズ部門が何をしているかもあまりよくわかっていなかったそうです。そして、そもそも、このままその製薬会社に入社するのかどうかも迷われているようだったので、私からメディカルアフェアーズ医師の具体的な業務例をいくつかご案内し、
「そういうことであれば、自分のやりたいことと合致しているし、できそうだ。安心しました」
とおっしゃってその面談は終わりました。
ただ、少なくない医師の方が、企業での仕事内容や具体的な業務、就業環境を十分に理解しないまま転職し、失敗しています。医療機関とは様々な面で大きく異なる企業等での職務内容や就業環境をご自身で調べて把握するのは限界があります。ですので、ぜひ専門性の高い転職エージェントを選ぶことをお勧めします。
■執筆者
inspire株式会社 代表取締役 兼 MCP編集長
大手人材派遣会社での新規事業立ち上げ(製薬関連)、製薬関連企業(CRO)での営業企画・人事・経営企画、戦略/人事系コンサルティング会社でのコンサルタントなどを経て、inspire㈱を立ち上げる。
人材紹介コンサルタントとして多くのメディカル業界やコンサルティング業界における転職支援実績を持つ。また、キャリアカウンセラー/コーチとしてキャリア全般の支援も行っている。
臨床医の、企業への転職支援実績も豊富に持っている。
≪資格≫
2級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)
キャリアカウンセラー(JCDA認定)