コラム
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2023-10-31 20:21

第4期特定健診・特定保健指導、「医師の働き方改革」と、健保と医療機関の連携

第4期特定健診・特定保健指導、「医師の働き方改革」と、健保と医療機関の連携
医学的に踏み込んだ変更が行われた第4期特定健診・特定保健指導。その意義に加え、この変更が、医師の働き方や健保の在り方の変革の契機になりうることを、産業医の佐藤文彦先生が独自の視点で提言してくださいました。

1.第4期特定健康診査・特定保健指導に対する厚生労働省の思いとは

 

特定健康診査・特定保健指導は、40歳から74歳の人が対象となる、いわゆるウエスト周囲も測定するメタボ健診とそれに対する保健指導のことです。2008年に始まり、これまでに定期的な見直しを経て、来年からは第4期となります。

実は、この第4期特定健診・特定保健指導の見直し1)にあたり、厚生労働省はかなり医学的に踏み込んだ変更を行うようにしました。

 

特に象徴的なのは、「第4期 特定健診・特定保健指導の健康増進 エビデンスを踏まえた数値」として、生活習慣病関連の各採血項目における受診勧奨判定値の設定については、それぞれの項目において、その専門分野の臨床学会の最新のガイドラインを基に設定されました(図1)2)。しかも、各臨床系学会を代表する大学教授が「第4期特定健診・特定保健指導見直しに関する検討会」3)の構成員にも入っており、その医学的なエビデンスを担保するような形となっています。

 

(図1)

 

今までは、必ずしも各採血項目の受診勧奨値等が明確でなかったところがあり、様々な健保において多少の混乱が生じていました。そういった現場の声をきちんと拾い上げ、かつ、その解決策として、日本中の生活習慣病関連の学会を代表する臨床教授の先生方を集め、日本における最新の医学的なエビデンスに基づいた値を明確にしたことは、非常に注目すべきことです。また、特定保健指導を、厳密な医学的エビデンスに基づいた基準で行うことで、医学的な混乱を招くことなく、真に生活習慣病の該当者・予備群を減少させることができるようにしたいという厚生労働省の強い思いが伝わってきます。こうした仕事は、やはり厚生労働省しかできないことであり、それをやりきったところに、我々は厚生労働省の思いをしっかりと感じ取ることが必要ではないでしょうか。

 

そして、特定保健指導においては、後でご紹介しますが、これも日本の医学的なエビデンスに基づいて、体重-2kgの減量といった目標設定が初めて課されることになります。

この様に第4期からは、最新の医学的なエビデンスに基づいて、今まで以上により積極的に特定健康診査・特定保健指導を推し進め、クオリティの高い健康増進に取り組んでいくことが求められる時代になってきています。

 

2.あなたは、「-2kg減量の必要性」について、医学的エビデンスに基づいて説明できますか?

 

 そうは言っても、皆さんの中には、なぜ‐2㎏なのかといった素朴な疑問を持たれる方も多いかもしれません。実は、日本人は少し太っただけで糖尿病を発症する方が多い民族なのです。この原因として、脂肪組織以外にも筋肉や肝臓の細胞の中に脂質が過剰蓄積してしまう「異所性脂肪」が蓄積しやすいことが、その原因の1つであることが解ってきました。

我々の研究においても、2型糖尿病患者さんが2週間の教育入院をされたところ、平均で約2kgの体重減少。これに伴い、空腹時血糖値は198→136mg/dl、中性脂肪も177→119 mg/dlと、いずれも著明に改善しました。このメカニズムとして、食事療法は「脂肪肝」を改善(肝細胞内脂肪が約25%減少)させ、運動療法は筋肉の細胞内脂質を減少させる、すなわち「脂肪筋」を改善することが明らかとなりました4)

さらに、BMI30 kg/㎡以上の糖尿病ではない30~40代の男性サラリーマン20名に、週1回、個別の食事指導を3か月間行いました。この介入で、食事摂取カロリーが有意に減少し、体重は平均約6%減少しました。これに伴い、驚くことに肝臓の細胞内の脂肪が36%も減少し、肝臓の糖に対する働きが約150%も改善されました。つまり、1日の食事摂取カロリーを減らし、5~10%程度の体重減少を行うだけでも、肝臓の働きが改善され、血糖値や中性脂肪値が大幅に改善することがわかったのです5)。この様に、薬物療法を使用または追加しなくても、食事・運動療法をしっかりと基本通り行っていけば、意外なほど、確実に効果が認められます。

上記のような特定保健指導の基礎となる臨床研究がベースとなって、その後、約3千名の特定保健指導(積極的支援)参加者データを分析し、各検査値改善のための減量目標について検討が行われました。結果として、体重変化なし(±1%群)と比較し、1~3%減ではTG・LDL-C・HbA1c・AST・ALT・γ-GTP・HDL-Cが、3~5%群ではさらにSBP・DBP・FPG・UAが有意な改善を認めました。これにより特定保健指導においても、軽度な体重減量であっても生活習慣病予防に有効であることが示唆されました6)

 

こういった、日本における生活習慣病予防についての医学的なエビデンスが蓄積されてきたことにより、日本肥満学会を筆頭に「日本医学会連合『領域横断的肥満症ワーキンググループ』23学会」として、肥満症に関連する様々な主要な臨床系学会が共同で「神戸宣言2018」を発表7)。肥満症やメタボリックシンドロームの予防と改善には、食生活の改善と運動の増加を図り、「まずは3キログラムの減量、3センチメートルのウエスト周囲長の短縮を実現するサンサン運動」が提案されています8)

これらの、日本における生活習慣病予防における数多くの医学的なエビデンスを基に、来年度の特定保健指導において、「腹囲2cm・体重2kg減」といった「アウトカム評価」が本格的に導入されることになったのです。実際に、この-2kgの減量という目標値は、非常に絶妙な目標設定であると言えます。なぜなら、体重70㎏であれば-3%とは-2.1㎏で、80㎏であれば-2.4㎏となるからです。もし-2.0kg減量できたとすれば、残り数百グラムの減量であれば、さらにその数値目標まで減量をチャレンジしてみようと思える、無理のない数値であるからです。是非、皆さんも必要であれば、まず-2.0kgの減量にチャレンジしてみてください。

 

 

3.医療機関の「医師の働き方改革」と連動して、健保が考えること

 

以上のように、第4期特定健康診査・特定保健指導は、かなり医学的なエビデンスに基づいた健康増進施策だということが分かりました。しかしながら、例えば企業においても、すでに来年度からの具体的な対応をどうしていけばよいか検討しておこうと考えた場合に、会社側の産業医の先生に相談すると、

 

「僕は糖尿病の専門ではないから、そういったことは健保で対応してほしい」

 

と言われることが、少なくありません。ただそれはやむを得ないことで、特定保健指導も含め、個別の生活習慣病やメタボリックシンドローム対策といったハイリスクアプローチまで、産業医に委ねることには多少無理があるとも考えます。なぜなら、多くの企業の産業医の先生方はポピュレーションアプローチについて積極的に取り組んでおられることが多いからです。ですので、コラボヘルス(企業と保険者が連携し、従業員やその家族の健康づくりを推進する取り組み)や重症化予防対策において、個別のハイリスクアプローチについては、やはり健保側で対応することが求められます。しかしながら、そう思って企業の人事の方が健保に問い合わせると、

 

「うちの健保には保健師さんはいるけれども、糖尿病の専門医はもちろん、そもそも臨床医すらいないので、企業側が求めてくるハイリスクアプローチを実際に実行することは実質的に不可能な状況です」

 

と言われてしまい、まさにたらい回しの状態に陥ってしまっているという状態が、現時点では圧倒的に多いように見受けられます。

 

それでも全国各地に社員がいる場合、本社勤務等で東京・大阪といった大都市圏にいる社員については、糖尿病専門医がいる医療機関も数多く存在するため、何かしらの伝手を頼ってでも、そういった専門医に相談することもできるかもしれません。しかし一方で、地方に行けば行くほど、そうした相談のできる医療関係者がいないので、万が一そういった本社・大都市圏勤務ではない地方勤務の社員が糖尿病等の生活習慣病が悪化してしまった場合、非常に困るとお考えの人事担当者や健保関係者もおられるのではないでしょうか。

 

それでは、地方にある医療機関側とすれば、このような積極的な健康増進について、上記のような困りごとを抱えた企業(や地方自治体)から相談があった場合に、どのような感情を持つと想定されるでしょうか。確かに、今までであれば、特に拠点病院のような救命救急を担っている大きな病院からすると、通常業務が忙しすぎて、こういった予防医療に関する取り組みにはなかなか協力する余裕が無いといった思いが、正直なところだったかもしれません。

 

しかしながら、実は来年度から「医師の働き方改革」が始まり、いよいよ医師の残業時間の上限も法整備されることになります。このため、今までのように夜間帯や休日に多くの医師を常駐させて、充実した夜間医療体制を整えるといったことが容易にはできなくなります。このことは、病院の収益にも大きく影響することが懸念されています。

さらに今後は、女性医師が増えていくこともあり、全国の拠点病院が、何とか平日の昼間に稼ぐことができる救急診療以外の収益源を検討せざるを得ない状況に直面しています。

そこで、一番望ましい収益源と考えられるのが「予防医療」です。これであれば、平日の昼間に女性医師でも各診療科の専門医であれば、十分に対応することが可能となるからです。

ただし、「予防医療」については、基本的に保険診療外の取り組みとなってしまいます。したがって、保険診療外であっても、まとまった金額を支払って「予防医療」について、拠点病院の先生方にサポート支援してほしいと考える相手が必要となります。

そこで、ピッタリとマッチするのが、第4期特定健康診査・特定保健指導の取り組みを積極的に行っていきたい、その地元の地方自治体や企業ということになります。

今までであれば、難しかった企業・健保組合と地元の拠点病院との協力による健康増進の取り組みが、来年度以降からは、お互いがWin-Winな関係性を持った形で実現することが可能となり得るのです。

 

厚労省も、各学会の教授の先生方の力を借りて、日本のヘルスケアと最新の医学的なエビデンスを融合する事業を推し進めています。その次は、地域におけるヘルスケアと最新の医学的なエビデンスを融合する事業を、様々な地域で実現化させていく番ではないでしょうか。

そして、それが実現できれば、まさに「持続可能な街づくり」の一翼を担う、そして地域のみなさんに喜ばれる健康増進事業に発展していくことが考えられます。

前例が無いからと尻込みせず、地域の中で多くの人同士がお互いに積極的にコミュニケーションを取りながら、こうした前向きな「持続可能な街づくり」が多くの地域で取り組まれることを、切に願って止みません。

 

1)     https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000161103.html

2)     第3回 第4期特定健診・特定保健指導の見直しに関する検討会 参考資料1-1 p31

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_28516.html

3)     第3回 第4期特定健診・特定保健指導の見直しに関する検討会 資料 構成員名簿

https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000999857.pdf

4)     Tamura Y. et al., J Clin Endocrinol Metab 2005; 90(6)3191-6. 

5)     Sato F. et al., J Clin Endocrinol Metab 2007;92(8)3326-9.

6)     Muramoto A. et al., Obes Res Clin Pract 2014;8(5)466-75.

7)     日本肥満学会 神戸宣言2018

http://www.jasso.or.jp/data/data/pdf/kobe2018_text.pdf

8)     日本肥満学会 神戸宣言2006 
http://www.jasso.or.jp/data/data/pdf/kobe2006.pdf

 

執筆者:佐藤文彦

Basical Health株式会社 代表取締役

【略歴】

平成10年順天堂大学医学部卒業、平成18年順天堂大学大学院 内科・代謝内分泌学卒業、平成24年より順天堂大学 内科・代謝内分泌学講座 准教授、順天堂大学附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科 科長 など、糖尿病の最先端分野での診療・研究を長年行っていた。平成28年日本IBM株式会社の専属産業医の後、平成30年よりBasical Health産業医事務所 代表、令和4年からBasical Health株式会社 代表取締役となる。令和2年度には厚生労働省医政局委託事業「医療従事者勤務環境改善のための助言及び調査業務」検討委員会委員。日本糖尿病学会(糖尿病専門医・研修指導医)、日本医師会認定 産業医・健康スポーツ医、認定メディカルコーチ(日本コーチ協会)、産業保健法務主任者・メンタルヘルス法務主任者(日本産業保健法学会)

*MCPキャリア支援者として個人向けコーチングを行ってくださいます

 

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