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2021-09-16 13:24

臨床試験データと臨床実態との乖離~製薬会社のマーケティング部門の葛藤~

臨床試験データと臨床実態との乖離~製薬会社のマーケティング部門の葛藤~
 メディカル専門の人材紹介業を営むなかで、日々製薬会社の臨床開発の方やマーケティングの方からお話を伺うなかで、両者の視点や意識の違いがなかなか大きいということを実感します。そこで、マーケティング部門の視点から、臨床試験(データ)がどう見えているかご案内をさせていただきます。

Ⅰ.開発当時の意図とは違う使い方をされる医薬品

 製薬会社の臨床開発部門で活躍されていた方で、機会があって調剤薬局で勤務されている方の転職のご支援をしたことがあります。そういう方がよくおっしゃるのは、

「たまに、自身が世の中に送り出した薬を処方することがあり、リアルに患者さんのお役に立っている場に立ち会えて、感慨深かった。

ただ、開発当時の意図とは違う使い方をされていることもあり、驚くと同時に、臨床開発データだけでは全然足りないということをもっと早く知るべきだったと反省してます」

といったようなことです。

 そして、そのような現実は、実は製薬会社のなかでは、特にマーケティング部門の方々が、切実に感じています。そこで、本稿では、

  • 臨床試験データだけでは、実は臨床現場での使用感とまだ乖離があること
  • 臨床開発部門と、マーケティング部門の視点の違い

という観点で、論を進めます。

 メディカル専門の人材紹介業を営むなかで、日々製薬会社の臨床開発の方やマーケティングの方からお話を伺うなかで、両者の視点や意識の違いがなかなか大きいということを実感します。そこで、マーケティング部門の視点から、臨床試験(データ)がどう見えているかご案内をさせていただきます。

 

Ⅱ.製薬会社の「マーケティング」とは?

 ところで、皆さんのイメージする製薬会社の「マーケ」とはどんなものでしょうか。もしかしたら、

「いかに自社製品をより多く売るかの販売戦略を立案し、

  • 宣伝回数
  • MRによる説明会の実施回数
  • 学会や講演会などのセミナーへの参加医師数

などの進捗管理を行いつつ、自社製品のシェア獲得状況等、とその先にある販売目標達成を目指す部署」というような印象でしょうか。大きな会社では、そこに所属する製品責任者であるプロダクトマネージャー達と直接話す機会も少なく、「そもそも印象がない」というようなこともあるかもしれません。

 まずはこの「マーケ」と言われている「マーケティング部門/プロダクトマネージャー」(会社によって名称は様々ですが)について、どのようなことをしているのかご紹介します。

 

 彼らの一番の仕事は、「マーケティングプランを作成し、それを実行すること」になります。彼/彼女らの仕事は、短期的には市場や製品の情報を収集/分析し、売上を伸ばすためのプランを立てること、そしてその実行です。そのため、いつも活動量やシェア、説明会の数、医師のセミナー参加数のことばかりプレゼンしているのです。

 他方で、長期的にはその製品のライフサイクルマネジメントも重要な役割となります。そこでは、治験から上市、新適応追加、剤形追加、副作用マネジメント、などがあります。そういった意味では、上記した副作用にいかに対処するかをKOLや自社のメディカルアフェアーズと話し合い、開発部門が上市に導いた製品のポテンシャルを最大限引き出し、ライフサイクルをより長くしていくことも、「マーケティング部門/プロダクトマネージャー」の大きな役割であると言えます。

 

 もう少し具体的なところをご紹介します。例えば12月が年度末の外資製薬会社であれば、以下のような流れで業務を進めているようです。

 まずは5~6月あたりからプランの作成に取り掛かり、SWOTやPEST、ファイブフォースというどこかで聞いたことのある市場分析を行います(R&Dの方でもこのくらいは知っておいてほしいので、ぜひご自身で調べてみてください)。その分析を経て、「自社製品が他社製品よりも売れそうなポイント」を明確にしていきます。これが、営業現場などでよく使われている「キーメッセージ:自社製品の特徴を端的に表現したメッセージ」となります。そして、このキーメッセージが、医師から受入れてもらえるのかを、市場調査でアンケートを行いその反響を確認します。市場ニーズがそこになくては、独りよがりなプランとなってしまいます。そのような調査から良好な結果が得られたところで、その「キーメッセージ」を発信するためのセミナーを準備します。これらの企画を年間通じたプランへとまとめていきます。9月頃を目途に日本で検討されたプランが、グローバルにて初認を得ることが一般的なようですね。そして12月にかけて、企業内で周知されていくことになるそうです。

マーケティングのプランが決まると、宣伝にかけることができる予算(販売目標ではなく、経費のこと)も確定となり、宣伝のためのセミナーだけでなく、宣伝物(製品のより的確な使用方法や、特徴を記載したパンフレット等。当然、臨床試験や臨床研究等のエビデンスに基づくものとなります)の作成も様々始まります。コロナ禍においては、おそらく紙資材も出番が少なくなってきており、サイトを通じた動画コンテンツやWebコンテンツを活用することも増えてきているのではないでしょうか。聞いたところによると、KOLに話してもらう動画5~6本で作成費は1,000万円くらいかかるとか。

 なお、並行して生産部門との調整、安全性のマネジメントをどうするか、将来の適応追加/剤形追加等の検討も行い、製品全体のライフサイクルに頭を悩ませています。

 

Ⅲ.上市時のマーケティングプラン作成で大切な「臨床試験データ」

 ここまでで、マーケティング部門に所属するプロダクトマネージャーの仕事を簡単にご紹介しました。そのなかの、新薬上市時におけるマーケティングプラン作成にあたって、最も大切なものは「臨床試験」になります。ここが製薬会社ならではの部分であると思います。どのように自社の製品を売り込んでいくのか、その根拠はやはり「臨床試験の結果」になるからです。得られた結果をそのまま正しく理解することは大前提ですが、そもそもそれは臨床現場のニーズにマッチしたものなのか、さらに「他社製品と何が違うだろうか」を考え抜き形にすることが重要なポイントです。プロモーションコード上、他社製品と比較した内容を宣伝することはできませんが、「自社製品だからこそ患者さんのお役に立てるポジション」をお伝えすることは大切であり、それが「キーメッセージ」となるのです。

 ちなみに臨床試験の結果以外にも、大切な観点はあります。錠剤ならその取扱いの良さ「大きさ、安定性、保存性、など」も大切ですし、注射剤なら「注射時間、痛み、注射デバイス、回数」など、自社製品を特徴付ける要素はありますね。このあたりの開発における製剤化とマーケティングとの関係は、改めて違う機会でご紹介できればと考えています。

話を戻しますが、やはり最も大切なことは、どのような効果があるか、どのような副作用があるかであることは申し上げるまでもないでしょう。効果と副作用には、「どのようなものが、どのくらいの強さで、どのくらいの期間、どのくらいの頻度で得られるのか、発生するのか」を慎重に判断し、それを踏まえてその製品のポジションを検討し、「キーメッセージ」を作成します。例えば、「効果の立ち上がりが早く、その効果を長く維持することができます」「1週間に1回で効果を発揮します」など、シンプルですが、様々なデータをもとに絞り込んだものを作成されているかと思います。このキーメッセージを用いて、その製品の市場でのポジションを確立すべく、様々なチャネルを通じて繰り返し宣伝がされているようです。

 

Ⅳ.臨床試験データと臨床実態との乖離が生むプロダクトマネージャーの葛藤

 さて、ここまででマーケティング部門とそこに所属するプロダクトマネージャーのお仕事の内容と製品のキーメッセージというところに焦点を当てお伝えしました。ここからは、その過程で生まれる「葛藤」について、筆者の知る事例をご紹介したいと思います。臨床試験の結果において、データは数字として表現されるので、その答えは1つしかありません。しかし、これも立場が変わると解釈が複数発生し、立場によっては対立が生まれることもあるようです。開発から上がってきたデータと、現実の治療の流れが、なかなかうまくかみ合わない架空の事例をご紹介したいと思います。

 

 ある自己免疫疾患における生物学的製剤の新発売に関する事例です。この製品の臨床試験では、主要評価項目である治療効果について有意差をもって達成することができました。しかも、他社の競合薬剤との直接の比較試験での達成です。そして試験結果には、「主要評価項目は達成され、副次的評価項目において、副作用は一過性のもの、もしくは十分マネジメント可能なものであったことが確認された」とコメントが明記されました。

この結果を踏まえて発売準備を進めるために、他社の競合薬剤との違いも検証していきます。そうすると、どうも「非常に優れた効果」であることがメッセージとして成立しそうです。これはその会社にとってはとても良いことですね。

 ところが効果の強い薬剤の宿命か、「いくつかの副作用が他剤より頻度高く」確認されました。治験の結果にあった一過性のものは肝機能障害(主にASTやALT値の上昇)です。そして、マネジメント可能な副作用とはカンジダ症のことでした。これらの副作用は、臨床試験で収集した有害事象の評価としては重篤なものではないとされ、論文にも「この有害事象は一過性のもの、もしくは十分マネジメント可能なもの」という記載となりました。しかし、ペイシェントジャーニー(患者さんが罹患の疑いを持ち、検査・治療に進み、治癒または症状の固定、あるいは死亡に至るまでの経緯と、そのなかでの患者さんがたどる一連の体験)と言われるものを調査・分析してみると、臨床試験結果の評価や論文、報告書のままに進められない現実と向き合うことになります。

 

 どのようなことが起こったのか、大きなポイントは以下の2つがありました。

  1. 「カンジダ症はマネジメント可能ではあるが、医師や患者からは忌避されるものであった」ということ
  2. 「対象疾患には体重の値の大きい患者が多く、元々のAST/ALT値が高い傾向にあるため、そもそも上昇することを疑問視される」こと

 

この2つは、アドバイザリーボードミーティング(信頼性の高い見解を収集するために、その領域のKOLなど、複数の外部専門家から意見収集を行う場)にて、臨床医から実際に指摘をされたそうです。

 まず一つ目については、カンジダ症自体は薬物治療を行うことで十分に治るものなので、臨床試験での副作用の評価の通り「十分マネジメント可能なもの」という考えで確かに問題ないように感じます。しかし、これが実際の治療の場面となると、すなわち科学的なデータに現れない、日々の生活上で(診療より)優先したい事項があり、また(時に非合理な)感情を持つ生身の患者さんにとって「非常に分かりやすい副作用(白くなる、赤くなる、ヒリヒリする、腫れる等)として強く認識してしまう」ということ、そしてさらに「カンジダ症治療のために通院頻度が増えてしまう」ということになります。このため、日々忙しい医師や患者さんにとっては、「この薬剤は積極的には使わないな。多少有効性が低くても第一選択薬は他社製品で」となってしまいます。

 さらに二つ目については、肝機能障害が起こりやすいということで、2点の問題が指摘されました。1点目は、カンジダ症の治療薬が肝機能障害患者に使いにくい薬剤である、とのことです。そして、2点目は体重の値の大きな患者さんには、元々の肝機能の数値が高めのことが多く、それが上昇することは医師にとって「なんだか気持ち悪い」そうです。元々の値が高いところからさらに上昇するとなると、「肝炎?」「肝代謝の薬大丈夫?」など医療者にとって懸念が増えるばかりだそうです。

 以上のように大きくは2つの問題が実際に診療を行う現場の医師からは指摘があり、臨床試験データではわからなかった、臨床実態にそぐわない内容が分かってしまったようです。このようなことは、大抵の製品において決して珍しいことではなく、むしろよくある話のようです。

 ただ、このような議論になると、臨床開発の方は

「カンジダがつらいのはわかるが、対象疾患の方が明らかに患者さんのQOLを下げているのだから、その治療の方が重要なはず。データ上問題ないのに、なぜそんな細かいことを気にするのか?」

「マネジメントできる副作用なのだから、臨床医に丁寧に説明し、臨床医から患者さんにその説明を十分すればいいだけではないか?」

と主張されがちです。確かにそうなのですが、一方、製品を使ってもらえるかどうかは、ロジックだけでなく、医師や患者さんの感情面の影響も小さくありません。マーケティング部門としては、プロモーションにおける医師や患者さんの感情面への配慮も考えますし、その配慮なしにMRの皆さんに正論だけで行けとは言いたくないといったことも考えての主張をするため、臨床開発部門との議論が平行線になりがち、といことも多々あるようです。

 ちなみに、適応外処方などは良い意味での臨床試験データと臨床実態の乖離が現れる例であり、マーケはこのような情報から追加適応や剤形変更などを検討し、製品のポテンシャルの最大化(≒ライフサイクルの延長)を目論みます。

 このように、臨床試験のデータや、開発段階で狙い定めた添付文書情報とは必ずしも一致しない臨床実態は厳然とあり、製品の責任者であるプロダクトマネージャーは、この乖離をペイシェントジャーニーの視点でどう適切にマネジメントできるかどうかが、「患者さんへの貢献=製品マーケティング成功」へ大きな影響を与えることとなり、ここが腕の見せ所となります。

 

 ちなみに、また少し脱線しますが、上記のような副作用のマネジメントや適応外処方などが臨床研究のテーマとなり、計画された臨床研究でしっかりとエビデンスを収集することで、ギャップを埋められるという根拠を示していくという活動につながっていきます(もちろん、良いデータが取れず、失敗するリスクもありますが)。

 

 逆に言えば、臨床開発の段階で、プロトコール上記載がなくても、ペイシェントジャーニーの視点でinvestigatorと臨床実態との乖離の有無を議論しておくと、患者さんにとってよりよい開発になるのだと思います。

 また、簡単ではないですが、臨床開発担当者が上市とともにマーケティングやメディカルアフェアーズに異動し、担当した開発品が「製品」として育っていく市販後まで責任を持つというのも、素晴らしいキャリアなのではないかと思います。

 

Ⅴ.臨床現場での使用実態にまで気を配る

 とにかく、臨床開発の方から見ると、マーケは売上至上主義に見えるかもしれません。しかしながら、実はそんなことはなく、そもそもその製品が患者さんや医師にとってより良い製品として存在するにはどんな問題をどう克服すればいいかという観点で活動しており、今ない治療法/より良い治療法を届けたいという臨床開発の皆さんと、根本的な思いは同じです。

 ですので、これを機にぜひご自身が開発した医薬品が、臨床実態下でどうなっているかもウォッチしてみてください。

 

以上

 

 

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