コラム
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2023-10-30 11:31

病院から企業への転職で感じたギャップ

病院から企業への転職で感じたギャップ
医療従事者が企業へ転職して経験する良い点と大変な点を、臨床検査技師から営利企業に 転職した筆者の体験に基づきリアルにご説明します。

1.病院勤務の臨床検査技師から企業への転職を決意した理由

クレゾール消毒液の匂いが漂う医歯薬環境の中で育ったことから「大きくなったら白衣を着る」ということが自然な目標となって成長し、結果的に臨床検査技師免許を取得し大学の附属病院で医療に従事しました。

しかし、入職から10年臨床と基礎医学研究という日々過ごしていたある日、徐々に今の職が自分に合っているのか? と考えることが多くなってきました。

今思えば、このことは自身の個性や志向性をきちんと顧みることなく「大きくなったら白衣を着る」ことを当たり前に思って医療従事者になった事ことに由来しています。

というのは、実際に病院という閉鎖的な環境で長年勤務しているなかで、徐々に自身の性格にあっていないという感覚が大きくなったためです。

黙々と正確な検査結果を出すことを求められ、検査データの解釈などはほとんど求められない、自ら医師に自身の考えを述べると「それはこちら(医師)の方で判断するから」と言われてしまう。病院外の方との接点がほぼ無い。

プラスαのことをやって頑張っている人も、与えられたことをやっているだけの人もボーナスも昇給もほとんど変わらない。

また、将来の給与も頭打ちが見えている、等々。

そのような思いが大きくなりつつあった時、私の幼馴染が務めていた中古自動車販売会社の直営店へ、ほぼ1日を費やして遊びに行く機会が訪れました。(当時は気づきませんでしたが、彼は勧誘目的で私を招いたと後でわかりました)。

幼馴染はその直営店の店長でした。しかし、店長だからと言って店舗の奥にいるのではなく、来店してくる様々なお客様へ笑顔で接客していました。部下であるスタッフとも、上司だからと一方的に指示を出すのではなく、スタッフのアイデアを引き出しながらチームとしてどうやってお客様の期待に応え、店舗の目標数値を達成しようかと話し合っていました。立場の違いに関係なくお客様と店舗目標達成のためを目的といたフラットな社員間のコミュニケーションにはおどろかされました。また、そういった話し合いからプラスαの取り組みを行い、成果を出したらそのことが収入に反映される仕組みがあること、そこから将来の年収も自分の頑張り次第で病院勤務では考えられない収入を得られることを知り、自分の働いている環境と比べ、驚くとともに羨ましく憧れる思いになりました。結果、幼馴染の策略にまんまとはまり、医療従事者として10年働いてきた大学病院を退職し、その中古自動車販売会社に転職することとしたのです。

 

 

2.医療関係の家族・親族の説得

決意をしてから一番大変だったのは、親族の理解を得ることでした。製薬会社の研究職であった妻は、私の考えを充分理解してくれましたが、臨床側にいる両親と親戚が大変でした。社会貢献性が高く、また絶対に需要がなくならない安定性のある業界を離れて、営利企業に行くなんてありえないという感覚だったようです。

しかし、

・自身の外交的性格からもっと広い世界と関わりたいこと

・医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師といった役割が固定的な場所ではなく、皆で議論しながらより良いものを生み出していきたいこと

・営利企業でも人や社会の役に立てること

などを、「しっかりと」「じっくりと」と説明し、一般社会で本気で取り組みたい思いを話し理解を得て、進む道を開きました。

 

3.企業で働き始めて気付いた現実的ギャップ

さて、新天地への入社直後、自分が「企業人として何も知らない」と認識した最初のギャップは、名刺の受け方と渡し方でした。

・名刺入れはどのポケットに入れておくべきか?

・名刺を渡す際、名刺入れはどうすればいいのか?

・相手に先に受け取ってもらうべきか、自分が相手の名刺を先に受け取るべきか?

等々、いざやってみるとわからないことだらけです。

接客接遇の言動も恥ずかしいくらい未熟でした。丁寧語、尊敬語、謙譲語などがスムーズに出てこず、そういった形式的なことを考えているうちに、本来伝えるべき内容もしどろもどろになってしまいます。

また、Eメール一つとっても、外部の方に失礼のない形式と文章がわからず、ネットでビジネスメールの書き方などを検索していると、あっという間に時間が過ぎていきました。

 

もちろん、事前にある程度ギャップを感じることを想定できていたものもありますが、それでもいざやってみるとできないことは多々あり、やはりモヤモヤはしました。

例えばPCスキルです。

ワードの場合、拝啓・敬具を使ったお客様への案内文や社内会議の議事録など、必要な項目は何か、どのような構成で配置すればいいかから考えますが、「ビジネスマナーとして、どういったものが正しいのか?」と悩みながら調べます。そこですでに時間がかかるのですが、想定した構成を実際にワードに落とし込もうとすると、それを実現するワードの機能がわからず、またそれで時間がかかりました。

エクセルの場合ですと、個々のセルに定められた入力ルールを理解できず入力できなかったり、セルのなかで改行できなかったりと、意外に簡単ではありませんでした。さらに自分でゼロから表などを作成していくことになると、かなりハードルが上がります。

パワーポイントに関しては、そもそも自分でレイアウトを作らないと文字を入力するところさえ出来ないわけですが、そのレイアウトの設定の仕方で、自分がフリーズしてしまいました。また、文字を並べるだけであればワードでいいわけで、ではパワーポイントらしく図表やイラストを使うよう指示されるのですが、図表やイラストの配置、文章との関係性をきちんと構築するのにも慣れが必要でした。

病院勤務時代と大きく違っていたのが、数字(会社や店舗の収支、自分の営業実績など)でした。病院であっても、当然ながら経営上の売上や支出が重要になるのですが、社会インフラという観点から利益が出ていなくても行政からの補助等があり、一スタッフはあまり数字を意識することはないかと思います。一方、企業の場合は利益が出なければ、店舗の存続、会社の存続も厳しくなります。よって、企業の各部門(収益部門)では、部門利益と個人利益には気を遣います。平たく言うと、病院ではジッとしていても患者さんが来ますし、そこで収益が発生します。しかし、企業ではそうはいかないのです。

こちら側からアクション(企画提案・営業など)を起こさない限り、収益を得る事が出来ません。ですから、企業では会社全体の収益目標を社員一人ひとりまで「個人利益目標」のような形式で割り当てられます。個別には「売上目標」だったり「顧客獲得目標」だったり、会社によって個々の社員への目標の割り振り方には違いがありますが、個々の社員への数値目標達成のプレッシャーは病院とは比べものにならないものでした。

そして、その数値目標の達成に向けて営業を頑張ろうとおもうのですが、営業レベル(=人にモノを売り込む際)の接客接遇になると、

・そもそも人にモノを売り込むということへの心理的抵抗

・押し売りにならないように、でもこちらのアピールもしたいという矛盾

等が押し寄せてきて、どうにも説明がちぐはぐになり、こんなにも自分にはできないことが多いのかと愕然としました。病院にいると患者さんは当たり前に、病院/医療従事者が提供する医療サービスや薬を受け入れてくれますが、営利企業ではそもそも話を聞いてもらうにも一苦労で、中古車を購入してもらうところまでいくのには果てしなく遠く思われ、企業での「数字のプレッシャー」をひしひしと感じた次第です。

 

一方で、一社員でもよりよいサービスを提供するために比較的自由にアイデアを出しあい、良いアイデアは実行に移せることは、自身にとって転職して良かったと思えることでした。法規制や何より事故をおこさないことを重視せざるを得ず、新しい取り組みに慎重にならざるを得ない医療機関とは大きな違いでした。

また、後のことになりますが、そういった取り組みを通じて大きな成果を出せば、業績賞与を多くいただける、昇格・昇給が早くなるなども企業の良い点です(ただし、業績を出せなければ降格・降給もあるので、その緊張感は常にあります)。

それから、あまり本質的ではないですが、夜勤がないことは身体にとって非常に楽でした。私の転職先は店舗だったので土日は仕事でしたが、通常の企業ですと毎週土日をしっかり休めることも、企業勤めの良いところです。

 

 

4.どういう人が企業での仕事に馴染めるか

私の経験談をベースに医療従事者(医療専門職)から一般社会人への転職に関する前後談を述べてきました。私は幸運にも自身の友人から誘われ、入社前に色々教えてもらったうえでの入社だったので、少なくとも心の準備はできていたように思います。しかしながらそれでも前述のようなギャップに少なからずショックを受けました。ですので、普通に人材紹介会社や求人広告経由で企業に応募し、内定を得て、入社された方は相当なギャップを感じるはずです。

実際、医師やコメディカルが企業に転身して、あまりの環境の違いに短期で辞めてしまったという話はよく聞きます。ちなみに言えば、美容系クリニックも、実は通常の病院/クリニックとは相当に違いがあり、馴染めず辞めてしまう看護師さんは多々いるようです。

 

ですので、営利企業への転職を考えるのであれば、上記で述べたような医療機関と営利企業とのギャップをある程度理解すること、そして実際に働き始めると、その理解を超えたギャップに襲われることを覚悟していく必要があると思います。

 

また、自身の性格や志向性をしっかり理解し、企業に向いているかどうか、逆に色々と嫌なことがあっても実は臨床現場が向いているかどうかをしっかり見定めることも大切だと考えます。

前述のように私自身は、なんとなく医療従事者になり、臨床の現場に10年近くいるなかで、30歳を過ぎてから、実は自身の性格や志向性と病院勤務があってないのではないかと感じるようになりました。しかし、企業への転職は一般的に30歳くらいまでと言われているので、私はたまたま運よく転職できましたが、皆さんにはもっと早く自身のキャリアについて、その前提となる自身の性格や志向性を考えてほしいと思います。

 

ちなみに私が思う、企業に向くのは以下のような方です。

(1)より広い世界に接すること、様々な人とコミュニケーションを取ることが好きな人

(2)より高い成果を追求することにやりがいを感じられる人、そのことでより高い収入を得たい人

(3)様々なチャレンジや、想定外の事象への対応、変化が好きな人

 

逆に、私が思う臨床現場があっているのは以下のような方です。

(1)専門性をベースに人や社会に貢献したい人

(2)その専門性を身に着け、より高めるために一定の分野で深く経験を積んでいきたい人

(3)業務手順や対応基準がある程度整備され、信頼性や安全を重視した環境を大切にする人

 

そして、これらは実は全て裏腹です。

「より広い世界に接すること、様々な人とコミュニケーションを取る」ということは、マイナス面を考えれば、時にその仕事を担うにはあまりに知識や経験が足りない人と仕事をしなければいけないこともあるということです。一方、臨床の現場では、お客様である患者さんやそのご家族はともかく、医療従事者側は皆なんらかの医療資格を持っているため、ある程度の知識や経験のばらつきがあっても一定の専門性を持った方々ばかりだという状況は担保されています。

「業務手順や対応基準がある程度整備され、信頼性や安全を重視した環境」も逆に言えば、日々似たようなことの繰り返しになりがちだとも言えます。私はその単調さがあわないということに気付いたのが、臨床の現場を離れた理由の一つでした。しかし、その繰り返しこそが専門性を磨いていく訳です。

 

企業の方が良いのか、臨床現場の方が良いのかという絶対的なものはありません。結局、ご自身の性格や志向性とあえば良い選択になりますし、あわなければ悪い選択になります。ですので、ご自身の性格や志向性を理解し、企業での勤務の特徴と照らし合わせ、自身が企業への転職をすべきなのか考えていくことが大切です。

 

 

 執筆者 藤田洋明

大学卒業、国家資格免許(臨床検査技師)取得し、約10年私立大学病院と同大学研究室にて臨床検査業務と基礎医学研究、学生への抗議実習に携わる。

180度のキャリアチェンジを行い、自動車流通企業へ転職し一部上場まで、直営店店長・研修講師・SVやFC企業へのコンサルティングなどを歴任しFC本部機能再構築や新規事業開発に従事。

その経験を活かし、コンサルティング会社を設立し、自動車業界をはじめ様々な業界の企業支援を行う。

現在は、フリーなスタンスで個人クライアントから企業までの支援を行っている。

*資格

臨床検査技師(国家資格)/キャリアコンサルタント(国家資格)/行動心理士(協会資格)/食品衛生管理者(協会資格)

 

 

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